自動車 走行中給電

走行中に道路から電気を供給されて走る自動車

自動車はここまで来たか、という感じです。

走行中に道路からワイヤレス給電して、電気自動車を走らすことに成功したという発表が4月5日にありました。発表を行ったのは東洋電機製造です。これは、東京大学大学院及び日本精工との共同研究とのことです。

現状の電気自動車の課題


今、電気自動車は、北米のZEV規制の強化もあって、開発の必要性がますます高まっています。
ワイヤレス給電の話をする前に、まず、現状の課題を確認しておきましょう。
電気自動車の最も大きな課題は、充電インフラの整備及び航続距離の長大化だと思います。

充電インフラの整備が必要

現在のガソリンスタンドのような、「充電スタンド」を全国的に整備するのは大変です。ガソリンスタンドに併設するにしても、誰がどれだけその費用を負担するかというのは悩ましい問題です。

それに充電時間も課題です。ガソリン車であれば「タンクにガソリンを注入する」だけですが、電気自動車は充電作業が必要です。急速充電があるにしても、ガソリンスタンドでの給油と同じような時間で「満タン」にできるかは、技術的にかなり難しい状態です。

航続距離の長大化も必要

さらに、航続距離に関しても、バッテリーの性能向上次第ではありますが、なかなか大変です。

基本的に、自動車は、「満タン」後500km 程度は走ることを望まれていると思いますが、現在、電気自動車で「満タン」から500km 走る車はそうそうないです。

バッテリーをたくさん積めば良いと言っても、そうすると重量も増えスペースを取られます。結果として「バッテリー運搬用機械」になってしまい、本末転倒です。

以上のような課題があるわけですが、今回のワイヤレスインホイールモーターと道路敷設コイルの組み合わせによるワイヤレス給電で、これらが解決しそうな気配が出てきました。

インホイールモーター


ところで、インホイールモーターとは何でしょうか?これは読んで字のごとく、ホイール(車輪)の中に電気モーターが組み込まれたものです。

今回の発表を行った、東洋電機製造は、もともと電気自動車用のモーターなどを手掛けているらしく、その関連でインホイールモーターの開発を行っているようです。

インホイールモーターの特徴

インホイールモーターの主な利点
従来型のギアや駆動軸などを省略できる
従来はドライブシャフトなどで駆動力を車輪に伝達しています。これらを全て、もしくはほとんど省略することで、エネルギー損失を大きく低減し、車の重量も軽くなり、スペース(車内空間)に余裕が生まれます。また、部品が減ることで、コストダウンもでき、メンテナンスもしやすくなります。
各車輪を個別に制御できる
車輪を独立でトルク制御することができるため、車が旋回するときの挙動を、より細かくコントロールすることができます。例えば、ハンドルを右方向に回した時は、左車輪のトルクを右よりも大きくなるように制御することで、よりスムーズに車が右方向に曲がる力を発生させることができます。

また、車輪の個別制御ができれば、横滑りの防止機能などにも応用が期待できます。
インホイールモーターの主な欠点(課題)
モーター類には高い耐久性が求められる
道路を走行中の衝撃は、タイヤから直接モーター類に伝わるため、高い耐衝撃性が必要です。

また、インホイールモーターの構造上、モーターの近くにはブレーキがあります。ブレーキが発生させる摩擦熱に耐えられるだけの高い耐熱性をもたせる必要もあります。

要するに、構造上、モーター故障や配線の断線、軸受の破損等が発生するリスクがあり、対策が必要というわけです。

次項で説明する、ワイヤレスインホイールモーターはここで言う「対策」のひとつになっています。

ワイヤレスインホイールモーター

開発動機
自動車本体とインホイールモーターは、電力を送るための配線でつなぐ必要があります。前項で述べたように、この配線は断線するリスクがあります。そこで、断線が構造上発生しないように、配線そのものをなくしてしまおうという発想で、ワイヤレスインホイールモーターが開発されました。
ワイヤレスインホイールモーターの利点
電力を送るための配線がないので、構造上、断線が発生しません
構造
配線なしで電力を送るため、ワイヤレス給電を使っています。自動車の走行中は、サスペンションにより、インホイールモーターと車体との相対変位が変動する為、(電磁誘導よりは)送受電コイルの位置ずれに強い磁界共振結合方式をとっています(詳しくは次項で説明します)。

ワイヤレス給電


ワイヤレス給電とは、コンセントなどのコネクターや金属接点を使わずに電力を伝送することです。ワイヤレス電力伝送、非接触電力伝送などとも呼ばれます。

ワイヤレス給電の種類

まず、大きなくくりで放射型非放射型の2つがあります。
放射型は、電力をアンテナを介して送受信します。マイクロ波方式などの研究が進められています。
次に非放射型ですが、磁界結合式電界結合式などがあります。今回は主流の磁界結合式に絞って説明します。

磁界結合式の電力伝送

磁界結合式の電力伝送は、磁界結合(電磁誘導)磁界共振結合(磁界共鳴)の2つがあります。
磁界結合(電磁誘導)方式
磁界結合(電磁誘導)方式は、電磁誘導の原理をそのまま利用しています。
原理
まず、送電コイル受電コイルを用意し、十分に近づけます。送電側で電流を流すと、コイルに磁界が発生します。交流であれば磁界が変化するので、受電コイルに電磁誘導による電流が流れ、給電がなされます。
電磁誘導方式の利用例
電気ヒゲソリ、電動歯ブラシ、携帯電話の充電などに使われています。そういえば管理人も、台に置くだけで充電できるヒゲソリを持っています。購入当初は「すごいハイテクだなー」と感動したのを覚えています。これがワイヤレス給電の第1世代です。
電磁誘導方式の欠点
伝送距離が短い(数mm 〜10cm 程度)ことです。また、コイル間の位置ずれにも弱いです。
磁界共振結合(磁界共鳴)方式
この方式はまだ開発中で、その原理にも色々、説というか意見があります。なので、まずは今一般に言われている内容で説明します。
原理(現時点で一般的に言われているもの)
コイルとコンデンサによる共振器を、送電側と受電側にそれぞれ用意します。周波数を適切にした上で送電側で電流を流すと、共振電流となります。そうすると、(周波数を適切にすれば)受電側に共振状態が伝播(これが共鳴)され、給電が行われます。

磁界共振結合方式は、2006年にマサチューセッツ工科大学 (MIT) が発表しました。開発者は、マリン・ソーリャチッチ氏です。磁界共鳴については、音叉の共鳴現象で例えられることが多いです。
利点
電磁誘導方式よりも伝送距離を大きくとれます(最大2mくらいまで)。また、効率も良くなります。
原理に関する色々な説
最初に書いたように、磁界共振結合は、開発中の技術であり、原理が確定しているとは言えません。次項でそれについて説明します。
磁界共振結合の実体は、磁界調相結合か?
従来から、調相結合というものがあります。磁界共振結合は実は、調相結合なのではないか、という考えがあります。
磁界調相結合とは
調相結合とは、磁界の位相が同期したコイル同士に主磁束が形成される現象です。

電磁誘導方式と同様に、送電コイルと受電コイルを用意します。電磁誘導との違いは、受電側にコンデンサを接続することです。このコンデンサがあることで共振回路になります。

周波数を適切にした上で送電コイルに電流を流すと、共振回路のはたらきにより、送電コイルと受電コイルの磁界の位相が同期します。そうすると、両方のコイルを通り抜ける磁束(主磁束)が大幅に増加します。その結果、受電コイルに電磁誘導による電流が流れ、給電がなされます。

つまり、受電側に共振器をつけて、主磁束形成をアップさせるのがミソというわけです。元は電磁誘導ですから、音叉の共鳴などを持ち出す必要もありません。
磁界共振結合は勘違い?
このように、磁界共振結合には色々ツッコミが入っています。いわく、
  • 共振器は、受電側だけで良い。そしてそれは磁界調相結合である。
  • 音叉の共鳴に例えることはできなくなった。
  • 「電磁誘導とは異なる原理」から「電磁誘導に共振を組み合わせて改良したもの」に変わってきた。
みたいな感じです。更に、MIT方式と異なる、送電側共振器を外したかたちの「磁界共振結合」をオークランド大学のジョン・ボーイズ氏が提唱しています。現在では「ジョン・ボーイズ方式の磁界共振結合」みたいな形で説明されていることもあるようです。

ここら辺の原理が、カッチリ決まるのにはもう少し時間がかかりそうです。

電気自動車へのワイヤレス給電の適用


現在までの開発状況例

自動車停止中の給電
充電スポットに駐車するだけで、EVに充電する技術の実用化に成功
(電磁誘導方式、2010年、昭和飛行機工業)
自動車走行中の給電
電化道路から、走行中にタイヤ経由で車両へ給電して走行する実験に成功
*電化道路:アスファルト舗装の下に2枚のスチール板をレール状に埋設した道路
(電界結合方式、2016年、豊橋技術科学大学と大成建設)

今回発表された走行中給電の内容

ようやく本題です。東洋電機製造さんの発表内容です。
ワイヤレスインホイールモーターへのワイヤレス給電
構造
まず、道路の中にコイルを敷設します。これが送電コイルになります。次に、ワイヤレスインホイールモーターに新たに受電コイルを取り付けます。これが走行中に給電されます。
説明
既に説明したように、ワイヤレスインホイールモーターは磁界共振結合により、車体からモーターへ電力を伝送しています。今回更に、道路に敷設したコイルからもモーターに直接、磁界共振結合で電力伝送を行うようにしています。ただし受電コイルはそれぞれ別に用意します。
この方式の特徴
インホイールモーターの特性を最大限に活かせる方法と言えます。

従来、走行中給電と言えば、「道路から受電コイルに給電し、車載バッテリーに充電する」方式が多かったそうですが、これだとギアや駆動軸などによる損失が大きくなります。

それを今回のように、走行中給電の受電側をインホイールモーターとすることで、伝達の損失を極限まで減らすことができます。これはインホイールモーターの利点そのものですが、インホイールモーターをワイヤレス化することでさらに安全性も増します。

そういうわけで、インホイールモーター+ワイヤレス給電方式は、相性が良いと言えます。

電気自動車への適用パターン

かなりごちゃごちゃしたので、電気自動車のタイプをちょっと整理します。
  1. バッテリー + ギアやドライブシャフト + 通常のタイヤ
  2. バッテリー + インホイールモーター
  3. バッテリー + インホイールモーター + 道路からの受電コイル
  4. バッテリー + ワイヤレスインホイールモーター
  5. バッテリー + ワイヤレスインホイールモーター[道路からの受電コイル付] ← 今回コレ
  • 1は、エンジンを単純にバッテリーに置き換えたタイプ
  • 2は、伝達の損失を減らせるが、配線の断線リスクがある
  • 3は、走行中給電できるが、配線の断線リスクがある
  • 4は、伝達の損失を減らし、配線断線も発生しない
  • 5は、伝達の損失を減らし、配線断線も発生せず、走行中給電できる(バッテリーを必要最低限度に抑えられる可能性)

まとめ


電気自動車は、充電インフラの整備及び航続距離の長大化という大きな課題を抱えています。
しかし、今回のワイヤレスインホイールモーター+道路敷設コイルによる走行中給電の実用化が進めば、これらが解決するのではないかと期待しています。

現実問題としては、道路にコイルを敷設するのは、これまた大変な話です。普及するにしても、まずは高速道路からになるでしょう。その他にも、インホイールモーターの耐久性を上げる等の技術的な課題も多いと思います。

それでも、「走行中給電」が可能となれば、「ガソリン車に給油するのと同じくらいの充電時間」と言う課題を飛び越えて「わざわざ充電しなくても走行できる」というメリットに変わるのは大きいと思います。電気自動車からバッテリーを完全に取り除くのは不可能かもしれませんが、それでも必要最小限度の小さなものに抑えられる可能性はあります。